【関西】定例研究会報告 尊皇絶対平和とは何か――河内正臣の思想

 令和2年5月23日に開催された民族文化研究会関西地区第24回定例研究会における報告「尊皇絶対平和とは何か――河内正臣の思想」の要旨を掲載します。

 

はしがき

 ここに一冊の本がある。河内正臣著の『天皇の真実 憲法一条と九条よ! 地球を一つに繋げ!』である。本書は、昭和五十三年に出版され、版を重ねた後に、平成二十四年に増補改定が加えられた後に再販されている。そもそも本書は、昭和五十一年に著者が企画し実行した「天皇さまありがとう 徒歩大行進」を基盤として出版されたものであり、有力政治家や各界の有名人、さらには宮内官を通じて直接に当時の皇太子(現在の上皇陛下)にも届けられたと前書きに記されている。著作には各界の著名人からのハガキや礼状が掲載されており、中には中曽根康弘土井たか子といった大物も存在している。

 本書は学術的な本ではもちろんなく、むしろ一般的には「トンデモ」本の範疇に入れられる類のものである。しかし、現在の天皇憲法の関係を巡る問題のある面を照射している点があると思われるので、今回読解していくこととする。

 まず著者の河内氏の略歴を見ていきたい。昭和十六年に広島呉に生まれ、長じて警視庁の警察官となる。その後法政大学の二部を卒業したのちに、愛国平和運動に目覚め、その運動に邁進。現在は憲法の一条と九条をむすびつける「一条と九条の会」を設立し、熱心に活動を行っている模様である。

 

第一節 「天皇さまありがとう」行進

 本書は昭和五十一年に行われた「天皇さまありがとう」行進に関する文章がその過半を占めている(この「天皇さまありがとう行進」は天皇御在位五十年を記念して広島から東京まで行われたものである)。繰り返し述べられるのは、日本国憲法第九条のいわゆる「戦争放棄」が昭和天皇の発案により定められたのである、とし、現憲法の平和主義は天皇の大御心そのものであるという「尊皇絶対平和」である。著者は、日本人全員が戦争無き理想世界に向けて努力せねばならないことを繰り返し述べる。そしてそのためには日本人が捨石になってもかまわないというような発言までしている。この型の論理はいわゆる「九条保全論者・平和主義者」がよく述べてきたところだが、河内氏の論理の独自性はその平和主義の基礎にあるものは天皇の大御心であるという一点である。

 その他にも氏は自衛隊を「世界平和協力隊」として再編成し、世界平和に役立たせることを主張するなど、当時としては独自の意見を唱えている。自衛隊の海外派遣による国際貢献湾岸戦争以来、議論されるようになり、また阪神大震災東日本大震災での災害復興・救援により自衛隊の評価は一般にも相当高まっているが、昭和五十年代にこのような主張をしていたのは先見性があったと見なしてよいだろう。

 

第二節 河内正臣流「八紘為宇」

 河内氏は本書の「はじめに」の文章の枠外に「八紘為宇」に関しての文章を書いている。河内氏によると「大正時代に国柱会の田中智学が「八紘一宇」という造語を発表し、その言葉が広まったが、「八紘一宇」は人間の力によって強引にやってゆく、という印象がある。それに対して「八紘為宇」は天の意思で自然にそうなってゆく、ということ」と述べている。

 「八紘為宇」あるいは「八紘一宇」に関する思想史は重厚かつ複雑なものであり、ここで詳説するゆとりは無い。また河内氏がそれらを踏まえているかは定かでない。しかし、少なくとも河内氏は人為を介しない「八紘為宇」を自らの思想の中核として考えているようである。そしてそれは氏の言う「尊皇絶対平和」と結びついていることは言うまでもない。

 

第三節 平成以降の河内氏の思想

 増補改定された再販版では、平成以降に記された文章が主に掲載されているが、時の首相に対する意見書が多数を占めている、例えば平成二十二年六月十日に時の首相であった管直人に対して送られた文章には憲法一条と九条と結んだ「天皇絶対平和=八紘為宇」の国家目標を絶対化することを主張。氏によると「必然人間知力を超えた天佑神助が働き、全日本国民の意識が高次元に発効(八紘)し、協力一致に導かれ、大和民族の本領が発光(八紘)するのである」と熱弁する。さらには同日に書かれた「鳩山前首相の功績」という文章には「鳩山前首相の鳩という字は、と書きます」「「名は体を表す」と言いますが鳩山首相は、天のときに合わせ、憲法条を、世界平和実現に積極的に活用する(護憲ではなく活憲)天のとき)をつげる天命者であったのです」と続けるのである。この文章は、沖縄の辺野古基地移転問題に対応して書かれているものであるが、いわゆるトンデモ本にありがちな「語呂合わせ」である。この類のこじつけの文章が延々と綴られていくのである。文章を送られた側がどのような反応をしたのかは不明であるが、ここまでくると河内氏以外の人間には理解不能なものであり、もはや他者には共有不可能なものになりはててしまっている。

 

むすび

 ざっと『天皇の真実』にある河内氏の思想を読み解いてきたが、基本的には「トンデモ」であり、少なくとも学術的に吟味する類のものではない。本文中には様々な有名人の礼状や写真が掲載されているが(中には安倍昭恵氏の姿もある)彼ら彼女らが本気で河内氏の思想を受け止めていたとは思われない。氏には失礼だが、選挙あるいは広報活動の一つとして氏に応対しただけのものと思われる。

 しかし、氏の言う「天皇絶対平和」あるいは「尊皇絶対平和」は単なる「トンデモ」とは片付けられない面もある。昭和から平成を経て令和となった現在、「天皇」は最も「リベラル」な存在としてほとんどの人間に捉えられているのではいかと思われる。いわゆる護憲論者も天皇の存在を持ち出した上で憲法九条保全を言うようになっている。もはや「リベラル=反天皇」という図式はとうの昔に成り立たなくなってしまっている。

 論者によってはこのような思想状況を「奇妙なねじれ」というだろう。しかしそもそもそれは「ねじれ」なのだろうか。「保守」や「右翼」が戦後民主主義を受け入れ急速に変質しつつあるように、「左派」や「リベラル」も「天皇」を受け入れ、急速に変質しつつあるのではないだろうか。元々河内氏は愛国陣営の人間だったようであるが、『天皇の真実』は戦後民主主義なるものも実は「天皇」の存在抜きには成立しえないということを示した最初期の書籍だったのではないだろうか。

 

参考文献

河内正臣『天皇の真実 憲法一条と九条よ! 地球を一つに繋げ!』 メタ・ブレーン 2012年5月3日

 

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