民族文化研究会

わが国の伝統的な民族文化・民族生活ならびに世界の諸民族を取り巻く問題を研究

【関西】定例研究会のご案内

次回の関西地区定例研究会を、下記要領で開催します。万障繰り合わせの上、ご参会ください。

 

関西地区第5回定例研究会
日時:平成30年9月1日(日)16時30分~19時30分
会場:貸会議室オフィスゴコマチ 4階 422号室
京都府京都市下京区御幸町通り四条下ル大寿町402番地 四条TMビル

https://main-office-gocomachi.ssl-lolipop.jp/
会費:800円
​主催:民族文化研究会関西支部

広報用ビラを作成

 当会の広報用ビラを作成しました。前回公表したビラに続く、第2弾となっております。作成した2枚のビラは、東京地区定例研究会と関西地区定例研究会をそれぞれ宣伝する内容となっておりますが、デザインは統一しました。当会の広報活動で、積極的に使用していく予定です。

 

(画像1 東京地区定例研究会広報ビラ)

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(画像2 関西地区定例研究会広報ビラ)

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【東京】定例研究会のご案内

次回の東京地区定例研究会を、下記要領で開催します。万障繰り合わせの上、ご参会ください。

 

民族文化研究会 東京地区第17回定例研究会
日時:平成30年10月7日(日)15時~18時
会場:早稲田奉仕園 セミナーハウス1階 105号室
東京都新宿区西早稲田2‐3‐1
https://www.hoshien.or.jp/
会費:1000円
​主催:民族文化研究会東京支部
備考:参加希望者は、事前に当会アドレス(minzokubunka@gmail.com)までご連絡ください。また、会場の開室は開会の10分前になります。それまではセミナーハウス内のラウンジにてお待ちください。

【関西】定例研究会報告5 日本音樂を私達の生活に取り戻すために(第一囘)――日本音樂の概要

 去る平成30年8月5日に開催された民族文化研究会関西地区第4回定例研究会における報告「日本音樂を私達の生活に取り戻すために(第一囘)――日本音樂の概要」の要旨を掲載します。

 

 この企劃は現代音樂に滿たされた現代日本人に明治以前の日本の音樂を知つてもらふため、まづは私達自身が詳しくなり傳道していかうと云つた考へのもと始めました。

 本論に入る前に企劃構成からお話します。第一囘とあるやうに、これから數囘に渡り發表をしていかうと考へてゐます。そのうへでこれからの日本の音樂、更には藝能を含めてどのやうにすれば身近な存在にしていけるのかを皆で考へていきたいです。今囘は一番基礎の概要を、次から個別の音樂の種類をいくつかづつ紹介していかうと構想してゐます。

 第一囘の日本音樂の概要は、複雜に枝分かれしたり結合したりした日本音樂の全體像を把握するものです。下記は今囘解説する項目です。

 

一、日本音樂の定義 二、日本音樂の種類 三、日本音樂の樂器一覽 
四、日本音樂の歴史 五、日本音樂の區分 六、日本音樂の音樂理論

 

 以上となります。實際にはこれだけでは足りませんが、最低限押さへておく必要のある内容だけ要約してお傳へします。

 

一、日本音樂の定義

 日本音樂とは何か。まづは日本音樂の定義をはつきりさせなければいけません。平凡社の世界大百科事典によると、一般的に日本音樂とは日本人が作曲した、洋樂器で演奏する西洋音樂系の音樂(J-pop 歌謠曲等)を除いた日本の傳統音樂のみを指します。jpop等を含む場合は日本音樂とは言はずに、「日本の音樂」とするのが通説です。

 日本音樂の同義語に「邦樂」があります。邦樂は明治から使はれはじめた用語で、洋樂の對義語として生まれました。邦樂は最廣義から最狹義まで四種類に分けられます。最廣義は日本人が作曲・演奏したすべての音樂です。廣義は日本傳統音樂のすべて。狹義では日本傳統音樂から雅樂・聲明・平曲・能樂・浪曲を除いたものです。最狹義は近世起源の箏曲・尺八・三味線音樂のみを指します。また、明治以降に作られた音樂を新邦樂、昭和三十年代以降に作られた音樂を現代邦樂と呼びます。最廣義と廣義の邦樂は「日本の音樂」、「日本音樂」で代替可能です。よつて最狹義のものを邦樂の定義とする考へ方が日本音樂研究者の間では妥當とされてゐます。

 

二、日本音樂の種類

 日本音樂種目を網羅した圖が圖①です。日本音樂は八割以上が聲樂です。器樂曲は雅樂などごく一部です。このなかの語り物や歌ひ物、劇場音樂等の用語は、「五、日本音樂の區分」の項目で解説します。この圖にある全ての項目を個別に解説するのは量が膨大ですので、各カテゴリの一番上の種目、雅樂・聲明・琵琶樂・能樂・箏曲・三味線音樂・尺八樂・近現代音樂・民謠に就いて解説します。

 雅樂は古代日本の朝廷・貴族の儀式音樂です。その起源は支那や朝鮮からの渡來音樂です。遣唐使廢止後は雅樂の日本化が進み、「みやび」の世界を作り出しました。

 聲明は佛教の法會で唱はれる聲樂のことです。奈良時代には東大寺大佛開眼會で大合唱が行はれてゐます。單旋律・無伴奏が原則で、その音樂理論や旋律樣式、聲樂技法など後代の音樂に影響を與へ、日本音樂の源流のひとつとなりました。聲明が音樂としての性格を持ち始めたのは中世に入つてからです。

 琵琶樂は雅樂と聲明に影響を受け西暦八世紀頃に誕生しました。盲僧が寺院で琵琶を伴奏にして誦經や軍談物を語るなど、佛教音樂として始まりました。盲僧と琵琶法師は別の組織で、平曲の權利をめぐり裁判となり、琵琶法師側が勝訴し當道と云ふ坐を作りました。

 能樂は能・狂言・式三番・風流の總稱です。明治までは猿(申)樂といい、起源は唐から傳來した散樂とされてゐます。能樂の音樂は能の謠と囃子、狂言の小舞謠と囃子があります。能樂は武士が好み保護しました。

 箏曲は近世以降に誕生しました。箏は奈良時代に雅樂の樂器として傳來しましたが、箏を主體に扱つた八橋檢校から本格的な箏曲の振興が始まりました。地歌を基盤にした器樂曲的な箏曲を傳承する關西の生田流と、箏を伴奏に歌本位の箏曲を傳承する山田流箏曲が明治時代まで續きました。明治以降は歌曲としての箏曲から完全な器樂曲として箏曲が作られ、宮城道雄や中能島欣一などが箏曲を擔つていきました。

 三味線音樂は室町末期から始まりました。桶狹間の戰ひのあたりで琉球三線が傳來し、本州の氣候に合ふやうに改良されたものが三味線です。西暦一六〇〇年頃、三味線組歌を石村檢校が創始して本格的な三味線音樂の幕が開けました。以後明治になるまで近世音樂の大半の種目に三味線が組み込まれ、近世音樂イコール三味線音樂と考へて問題ありません。

 尺八樂は普化宗が法器として尺八を用ゐたところから始まりました。尺八自體は奈良時代に唐から琵琶や箏と一緒に傳來しました。しかし樂制改革により雅樂から尺八が外され雅樂尺八は滅びました。普化宗が江戸時代に法器として用い、再登場します。普化宗は明治に廢止されますが、尺八自體は明治から本格的に樂器として開花します。今ではポップスやジャズでも尺八を見ることになりました。

 近現代音樂は明治以降に作成された西洋式音樂全般をさします。明治以前は歌曲の伴奏として樂器が扱はれることが多かつた日本音樂は、近代以降器樂重視傾向となつていきました。それは洋樂に觸發された邦樂家の新日本音樂運動による成果です。昭和三〇年以降は西洋音樂の行詰まりの中、日本人洋樂系作曲者が民族音樂を見直す氣運が高まり、和樂器を用ゐた洋樂創作を始めました。

 民謠は人々の生活の中から生まれ、歌ひ繼がれてきた歌です。民謠の定義は明治以降に創られました。郷土民謠・わらべ唄・流行唄にわけられ、柳田國男が更に詳しく分類してゐます。主に使はれる樂器は篠笛・胡弓・太鼓・拍子木等です。北海道と沖繩には本土とは性質の違つた民謠が殘つてゐます。

 

三、日本音樂の樂器一覽 

 圖②をご覽ください。縱軸が樂器、横軸が主要音樂種目です。彈きもの・吹きもの・打ちものの三種類に分類されてゐます。このうち日本で打ちものと認識されてゐるものはまだたくさんあります。その多くは佛教音樂、歌舞伎の下坐、民族藝能などの演奏で用ゐられます。紙面の都合上これらは省略されてゐます。これらの樂器の殆どは大陸から傳來したものです。日本固有の樂器とされる和琴と神樂笛も渡來したものを日本的に改良したものであるとも云はれてゐましたが、平成二四年に青森是川中居遺蹟から3000年前の琴が出土しました。これは世界最古の絃樂器の可能性があり、日本の琴の原型ではないかと推測されてゐます。

 

四、日本音樂の歴史

 日本音樂史の歴史區分は一般史とは少し異なつてゐます。古代を神話の時代から西暦一〇八六年の院政が始まるまで。中世を西暦一五七三年の室町幕府崩潰まで。近世を明治維新まで。以降を近現代時代としてゐます。

 古代の日本音樂の歴史に就いて。古代は神話から院政までと書きましたが、更に細分化でき西暦五~六世紀頃の大陸音樂傳來を境に、古代前期と古代後期にわけられます。古代前期は民族固有音樂の時代です。古事記日本書紀にも記された神話的事象や、遺蹟からの發掘もあり彌生時代には既に固有音樂は存在してゐたと考古學的にも立證されてゐます。この時代の音樂は地方祭祀や神事、それに伴ふ歌舞を大和朝廷が傳承したものとされてゐます。古代後期は大陸音樂をもとにした雅樂の時代です。西暦七〇一年には雅樂寮を設置して渡來樂器の樂人養成を國家レベルで行ひました。遣唐使廢止後は雅樂の國風化をする動向が起き、樂制改革で日本の雅樂を成立させるに至りました。聲明も古代後期に傳はり、眞言天臺聲明を開きました。

 中世の日本音樂の歴史に就いて。中世音樂史は院政からはじまります。この頃から今樣と云ふ新興歌謠が流行します。今樣の初見は西暦一〇〇八年ですが、最盛期は院政が始まる時期に尤も流行を見せました。その後は近世までひたすら戰亂の時代でした。榮枯盛衰の連續の中、無常感から琵琶の哀切な調子にのせた平曲が大流行しました。民衆は佛教に救ひを求め、僧侶らはその要請に応じ、日本語化された聲明で和讃や教化などの佛教音樂を作りました。能樂は武家に保護され、中世の無常感とつながつた幽玄と云ふ世界觀を作り、觀阿彌世阿彌時代に最盛期を迎へました。中世音樂は武家と僧侶の時代でした。

 近世の日本音樂の歴史に就いて。近世音樂は室町幕府の滅亡から始まります。このころ三線が傳來し、改良されて三味線が誕生しました。近世は三味線音樂の時代です。三味線の登場によつて地唄と云ふ歌ひものが誕生し、淨瑠璃が三味線を取り入れ、義太夫節が登場しました。他にも歌舞伎・長唄常磐津節清元節なども三味線の音色によつて舞臺を引き立てました。江戸時代に入ると鎖國により日本音樂が深化していきます。この時代になると音樂界もパトロンを持つよりも、商業化し興行により生計を立てる仕組みができました。

 近現代音樂の歴史に就いて。明治維新により江戸からの各音樂の状況は一氣に流動化しました。能樂・普化尺八・盲人音樂は沒落し雅樂と洋樂が急浮上します。歌舞伎・文樂・三味線・尺八・箏曲・琵琶樂はそれぞれの方向性に發展していきました。洋樂信奉者からは日本音樂は遊里の野樂で蔑視されました。このやうな自國文化輕視の風は昭和三十年ころまで續きました。第二次大戰後の東京藝術大學の邦樂科排除運動はその最たるもののひとつです。以後は民族音樂の價値の再認識が始まり、洋樂系作曲者も邦樂の作曲を行ふやうになつていきました。

 

五、日本音樂の區分

 なぜ日本音樂は圖①のやうに複雜化したのか、この難解さから日本音樂が難しいと感じられ、身近なものになりません。しかしそれは日本の特殊性によるものと、歴史の長さによるもので、ある種仕方ないとも云へます。個々に理解するより全體を廣く淺く把握することで、少しでも身近になるやうにしていきたいです。複雜化には以下のやうな理由があります。

 第一に普通は時代の變化とともに古いものは新しいものに置き換わり後戻りをしません。しかし日本音樂は新種目をつくりながら古いものが共存すると云ふ特性をもつてゐます。これには「家の藝」として雅樂や能樂はずつと保持され、近世には家元制度として各種目が保持されるやうになつたからです。

 第二には樂種の多重構造です。例へば淨瑠璃は發展過程で他種目からの影響や演奏場面の變化で音樂樣式も變化し、淨瑠璃と云ふ大分類と義太夫節常磐津節と云つた小分類が同列で語られる點にあり、混亂の元となつてゐます。

 第三には特有の音樂性からくる區分概念の存在です。語り物の對として歌ひもの、劇場音樂の對として非劇場音樂です。語り物は民話などを傳へた語り部に起源を持ち、歌ひものは天岩屋戸傳説や祭祀などに起源を持ちます。このふたつの區分が明確に作用するのは主に近世音樂からです。歌ひものの代表種目は地唄箏曲長唄・三味線歌曲。語りものは淨瑠璃・歌祭文・説經節です。歌ひものと語りものは近世には相互に混じり合ふ場合が多々見られますが、成立過程が違ふので有效な區分けとされてゐます。劇場音樂も近世の區分概念で、興行のために綜合藝術を大規模に大衆に見せる場として劇場音樂は誕生しました。非劇場音樂は遊里で客接待のために不可缺な歌舞音曲のことです。このふたつも後のち劇場で使はれたものが非劇場でもつ使はれたりと混ざり合ひ、遊里で「流し」と云ふ獨特の藝能を生み出したりもしました。

 第四には種目それぞれが民俗文化と融合して綜合藝術家したしたものが多く、音樂的側面だけでは論じきれないからです。音樂以外の部分、舞臺や衣裝や假面や習俗などの要素が大きく影響してゐます。

 第五には享受層の階級の違ひが音樂種目の生成に關はつてきたことです。階級とは貴族・僧侶・武家・民衆です。階級が音樂カテゴリを分斷するのも日本の文化特性です。

 その他にも時代・樂器區分もあります。また、更に下位區分として○○物○○亊と云つた區分もあります。例として地歌の下位區分として作物や手事物、舞亊や囃子亊などです。

 

六、日本音樂の音樂理論

 音樂を構成する要素はリズム・テンポ・構成・音階に分けられます。これら四種類に就いて日本音樂の特徴をあげていきます。

 旋律や音の重なりを持たない音樂はあつてもリズムが無い音樂はありません。リズムは音樂を構成する尤も基本的な要素です。日本音樂は基本的に遲いリズムが主流で、躍動感のあるリズムはハイヤ節系の民謠以外にはあまり見受けられません。定期的に打たれる拍をもつものを有拍の曲、不定期に打たれるものを無拍の曲と呼んで區別してゐます。西洋の音樂の大部分が有拍の曲に對して、日本音樂には無拍の曲が多いと云ふ特徴があります。日本音樂は大部分が二拍子のリズムで三拍子系のリズムは殆ど見受けられません。片來と呼ばれるだんだん速く打たれるリズムがあり、越天樂の鼓が特に有名です。また、拍の頭が缺け、拍から外れて始まるリズムが多いのも特徴のひとつです。聲樂曲に多く見られ、三味線音樂では多くの場合、歌は伴奏より半拍送れて歌ひ始めます。

 日本音樂のテンポは、樂曲全體を通してみたとき、テンポが次第に早くなる樂曲が多いです。緩やかに始まり次第にテンポを早め終始部分ではテンポを緩め樂曲を締めくくると云ふ型が一般的です。

 日本音樂と云ふより、日本藝能全般の構成は序破急を基本にしてゐます。萬道の序破急と云はれるやうに、現代に於ても日本の藝能全てに大きな影響を及ぼしてゐます。序破急の構成を最初に始めたのは雅樂です。それを藝能分野にとりいれたのが世阿彌です。風姿花傳などで序破急論を著しました。序破急の序は無拍でゆつたりうねる旋律です。破は延び拍子と呼ばれる八拍子の有拍のリズムです。急は有拍で早拍子と呼ばれる四拍子のリズムです。全體的に見ると、樂曲が進むにつれて氣分が昂揚するやうに構成されてゐます。

 日本音階に就いて。圖③をご覽ください。日本音樂はテトラコードと呼ばれる音階分析理論の發見により日本音階の特質が明らかになりました。テトラコードとは完全四度の音程間隔にある二つの音と、その間にある音との三音または四音からなる音の集合體のことです。完全四度の上下ふたつの音は、旋律の中心的な役割を持つ音で、旋律の終始音にもなります。これらの音を核音、中間に置かれる音を中間音と呼んでゐます。西歐では二音の中間音をもつテトラコードが多いのに對して東アジアでは三音構成のテトラコードが多い特徴があります。圖③の下が一オクターブに及ぶ音階です。基本的に同じ種類のテトラコードを二個重ねて音階を構成してゐます。圖③の一番下はこれらのテトラコードによつて分類された音階の名稱です。ヨナ拔きとは雅樂の音階のことで、音階の一番目の音から數へて四番目の音と七番目の音を拔いた五音構成の呼び方です。また、この圖にはありませんが二番目と六番目を拔いたニロ拔きは民謠音階です。

 以上が日本音樂の概要となります。日本音樂の觸りだけでも今囘理解して戴けたなら幸ひです。

 

參考文獻

よくわかる日本音樂基礎講坐 福井昭史
ひと目でわかる日本音樂入門 田中健
日本音樂との出會ひ 月溪恆子

 

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里見岸雄『天皇とプロレタリア』輪読会の模様

 民族文化研究会関西地区定例研究会では、会員による研究報告と並行して、日本文化・日本思想についての古典的著作を対象とした輪読会を行っています。現在の輪読会のテキストとなっているのは、里見岸雄天皇とプロレタリア』(展転社、平成30年/原著は昭和4年)です。国体の科学的認識を志向する「国体科学」を提唱し、従来の国体論に新風を吹き込んだ著者の初期論考であり、同『国体に対する疑惑』(展転社、平成12年/原著は昭和3年)と共に洛陽の紙価を高らしめました。マルクス主義の台頭に国体論の立場から如何に応答するかという問題意識のもとで、天皇と無産階級が対立してこなかった本邦の歴史事情に照らし、資本主義=皇室制度という誤謬のもとで皇室擁護論と皇室廃止論を呼号する左右両翼を批判し、国体論への社会主義運動の取り込みまで展望する快作です。特に従来の神学的・観念的な国体論への批判は峻烈であり、著者の展開する「国体科学」への自負が窺えます。観念ではない実際の国民の社会生活構造のなかに国体認識の基礎を見出す著者の手法は、現代でも国体論のアプローチのひとつのモデルを提示していると言えるでしょう。こうした本書に関心をもち、関西近辺にお住まいの方は、どうか民族文化研究会関西地区定例研究会にお気軽にご参加ください。(関西支部事務担当・湯原)

 

(写真1 先日開催された民族文化研究会関西地区第4回定例研究会)

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(写真2 里見岸雄天皇とプロレタリア』書影)

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【関西】定例研究会のご案内

来月の関西地区定例研究会を、下記要領で開催します。万障繰り合わせの上、ご参会ください。

 

民族文化研究会 関西地区第4回定例研究会
日時:平成30年8月5日(日)16時30分~19時30分
会場:貸会議室オフィスゴコマチ 4階 422号室
京都府京都市下京区御幸町通り四条下ル大寿町402番地 四条TMビル
http://office-gocomachi.main.jp/
会費:800円
​主催:民族文化研究会関西支部
備考:参加希望者は、事前に当会アドレス(minzokubunka@gmail.com)までご連絡ください。

【東京】定例研究会報告22 橘孝三郎と柳宗悦・石原莞爾の思想

 平成30年7月22日(日)15:00-18:00、民族文化研究会東京地区第16回定例研究会が早稲田奉仕園にて開催されました。

 

 第一報告は、小野耕資氏(大アジア研究会代表、本会副会長)による報告「橘孝三郎柳宗悦」です。氏が季刊雑誌『日本主義』42号(平成30年夏号)に執筆した「橘孝三郎柳宗悦」を敷衍させつつ、伝統や愛郷思想といった点から両者の思想的共通性を探るものでした。

 第二報告は、金子宗徳氏(里見日本文化学研究所所長・本会顧問)による、「石原莞爾の思想―信仰とアジア観を中心に」です。これは、石原莞爾研究では真正面から取り組まれることの少ない「信仰」、そして東亜連盟に象徴される石原の「アジア観」を検討したものでした。

 

 当初は少数の関係者のみで発足した東京支部でしたが、少しずつ一般参加の方が増えつつあります。一定以上学問的・専門的な関心を持ちつつ、報告とそれにもとづく質疑・談話などによって知識を共有していく試みを今後も継続して参りますので、関心のある方はお気軽にご参加下さい。(事務担当・渡貫)

 

(写真は金子宗徳氏の報告風景)

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