【関西】定例研究会報告 日本音樂を私達の生活に取り戻すために(第九囘)――尺八樂

 平成31年4月20日に開催された民族文化研究会関西地区第12回定例研究会における報告「日本音樂を私達の生活に取り戻すために(第九囘)――尺八樂」の要旨を掲載させて頂きます。

 

 この企劃は現代音樂に滿たされた現代日本人に明治以前の日本の音樂を知つてもらふため、まづは私達自身が詳しくなり傳道していかうと云つた考へのもと始めました。
 今囘は日本音樂の大きなくくりである、雅樂・聲明・琵琶樂・能樂・箏曲・三味線音樂・尺八樂・近現代音樂・民謠のなかから尺八樂に就いて解説致します。下記は今囘解説する項目です。


一、尺八樂の概要 二、尺八の種類・構造 三、普化尺八 四、本曲・外曲と各流派 
五、近世のその他の樂器 六、尺八の近代化

一、 尺八樂の概要

 尺八樂とは、尺八の獨奏あるいは重奏による音樂のことです。現存する流派には明暗流、琴古流、都山流があります。
 まづ最初に簡單に現在の尺八に至るまでの道筋を解説します。古代の中央アジアペルシャで縱笛が生まれ、シルクロードを通つて中國で竹を使つた桐牆となり、それが雅樂とともに古代尺八として日本へと傳はりました。その後、次第に雅樂との關係は薄れ、伴奏・囃子用の樂器として一節切が生まれ、禪の思想と交はることで普化尺八となります。江戸後期から明治期になると筝と三味線と合はせるために、より正確な音程や音量を手に入れる必要にせまられ、現行の尺八が考案されました。以上が日本に於る尺八の概説です。

二、尺八の種類・構造

 尺八と云ふ樂器の名稱はその管の寸法一尺八寸に由來してゐます。唐の時代の中國の呂才と云ふ樂人がつくつた縱笛が起源と言はれますが、十二律にあつた長短十二種の長さの單管で、その一管が一尺八寸であつたため尺八の名がついたとされてゐます。
 日本に於る尺八の種類は古代尺八・天吹・一節切・普化尺八・多孔尺八・オークラウロにわけられます。古代尺八は雅樂尺八ともいい、唐の時代の樂器として傳來し、正倉院に現物が保管されてゐます。天吹は西暦十六世紀頃の薩摩武士に愛好されたと云ふ尺八です。一節切は竹の節がひとつだけの簡單な構造の尺八で、傳説では室町時代に異人のロアンが傳へたと云ふ説があります。流行歌などの伴奏や三曲合奏に使はれました。普化尺八は現行の尺八です。五孔七節で眞竹の根元で作られました。多孔尺八は昭和初期に西洋音樂の影響で考案され、七孔や九孔など複雜な形状になつてゐます。オークラウロはフルートのキーシステムにあはせもつものを考案し、西洋樂器と同質の樂器として作られました。(圖一)
 尺八の各部位は以下のやうな名稱がつけられてゐます。尺八の上方にある穴のことを天口といい、尺八を吹くのに顎が當たる部分をアゴ當たりと云ひます。角は歌口保護のために入れる材料で、水牛や象牙、プラスチックなどの素材があります。嵌め口は角がは云つてゐる部分のことを云ひます。通常は角が入つてゐるのでわかりにくいですが、角を入れるために彫り込まれてゐます。舌は吹き口の山形に整形された部分のことを言ひます。深さは尺八に息を吹きかけたときに、息がエッジ部分に當たるまでの距離のことを云ひます。歌口は天口から深さまでの總稱をいい、中繼ぎは尺八を分割して持ち運びしやすいやうに細工してゐる部分のことを言ひます。節は竹の節の部分を云ひます。指孔は尺八に開けた穴のことをいい、地口は尺八の下方にある穴で、筒音を鳴らします。管尻は一孔下の節から下の部分のことを總稱してゐます。燒印は作者を示すために管に押される印のことです。(圖二)
 普化尺八には二種類あり、地塗り尺八と地無し尺八があります。尺八の管内整形をするときに、砥の粉を水に溶いて混ぜたものを塗り込めて管内をなめらかに仕上げることで、これを地塗りと云ひます。なぜこのやうに塗り込めるのかと言ふと、近代以降西洋樂器のやうに正確に音程を合はせるために、必要に驅られて作られました。しかし地塗りは地無しと比べて音の柔らかさがなくなり、一長一短となつてゐます。

三、普化尺八

 江戸時代に禪宗の一派である普化宗が尺八を法器としてゐました。尺八吹奏は讀經や禪の行と同じと看做され、法要や托鉢、禪行の法器と位置づけ、江戸幕府により一般人が尺八を樂器として吹くことが禁止されてゐました。しかし西暦十七世紀の後半には法器としての建前はくずれ、一般人への尺八教授や他樂器との合奏が行はれます。虚無僧寺が市中に吹合所をまうけ、そこで尺八の教授がなされてゐました。
 普化宗は西暦九世紀に中國で臨濟義玄と交流のあつた普化を始祖とするため、臨濟宗の一派ともされてゐます。普化は神異の僧であり、神仙的な逸事も多く、傳説的要素も強くあります。別名虚無宗とも言ひ、天蓋と呼ばれる深編笠をかぶる虚無僧で有名です。教義や信仰上の内實は殆どなく、前述のやうな活動が主に行はれてゐました。虚無僧の入宗の資格や服裝も決められるなど組織化され、諸國通行の自由など種々の特權を持つてゐたため隱密の役も務めたとも言はれます。江戸幕府との結び附きがつよかつたため明治政府に解體され、宗派としては失はれました。(圖三)

四、本曲と外曲

  本曲とは尺八本來の曲、あるいは尺八だけで演奏するやうに作られた曲と云ふ意味で、それ以外を外曲と定義されてゐます。しかし、各流派により本曲と外曲の解釋は樣々です。近世の尺八は法器と樂器の狹間を行き來してゐますが、普化廢止後の近代に名手尺八は樂器として認識されるやうになりました。幕末から明治期に尺八の新流が續出するやうになつてその解釋も更に變化し、本曲はその流派の獨自の曲やその流派の存在意義を持つ曲をも意味するやうになりさうした新流による獨自曲を意味する近代本曲と云ふ概念が生まれました。
 尺八の流派は現在主に二流派あり、ひとつは關東の兩本山の尺八指南役であつた黒澤琴古が西暦十八世紀頃に基礎を築いた琴古流です。琴古は音樂としての尺八樂を目指し、三十六曲を本局としました。もうひとつは明治期の都山流は、中尾都山が大阪で創始し、獨自の新作の本曲・裝飾旋律の多い外曲編曲など、流祖の新しい藝風を流風の基とします。早くから新日本音樂と提携し,また尺八の大合奏など、新樣式を積極的に開拓して演目を廣げ、短年月の間に關西を地盤として全國的に流勢を擴大し,現在は琴古流とともに尺八界を二分してゐます。(圖四)

五、近世のその他の樂器

 近世は三味線の時代と言はれますが、その他にも樣々な樂器が有りました。それらは樂器固有の音樂を持ち、マイナーながらも現代に根強く繼承されてゐます。
 胡弓は弓を使つて彈く擦絃樂器です。最初に文獻にのつたのは江戸初期で、その起源は諸説があり定かではなく、中國の二胡など胡琴系樂器とはやや縁が遠く、むしろ東南アジアの樂器に近いのではないかと云ふ説。もうひとつは南蠻貿易により齎されたヨーロッパのレベックやヴィオールに起源を求める説もあります。
 似た樂器に二胡がありますが、構造的には大きく異なり小型三味線の形状の胡弓に對して、二胡は木製の圓柱形の胴にヘビ革を張り弓が弦と胴にはさまれてゐます。また、音色や音域、音量も違ひます。
 江戸時代には三味線・筝・胡弓の三曲合奏も盛んに行はれ、歌舞伎の愁歎場などにも胡弓が決まつて使はれました。しかし胡弓の音量の乏しさと構造面からくる演奏技術の限界などから明治以降は尺八にとつてかはられるやうになりました。尺八同樣に本局と外曲があり、獨奏曲もあります。
 一弦琴は中國・インドからの傳來説がありますがこちらもはつきりとしません。別名須磨琴とよび、これは在原行平が須磨に左遷させられ、慰めに庇の板に一弦を張つて作つたのが祖型とされてゐますが、傳説の類だと考へられてゐます。素朴な音色や詞章が憂國の志士にあつたのか幕末の土佐藩で盛んになり、佐久間象山なども愛好したと云ひます。明治になり、江戸では衰微しましたが、京都・高知・須磨などでは今も傳承系統が殘つてゐます。
 二弦琴は複弦であつても同律に調弦されるので、一弦琴から進化したと考へられてゐます。出雲大社の獻納樂器であつたため、出雲琴とよばれましたが、代表的な曲名八雲曲から八雲琴と呼稱されます。もとは竹製のため素材がかはつても、胴中央部に節がまうけてあるのが特徴です。現在は衰微してゐます。(圖五・圖六)


六、尺八の近代化

 江戸初期から明治中期ごろまでの尺八樂の歴史を振り返ると、尺八だけの演奏家筝・三味線との合奏が主流でした。しかし明治の後半以降になると尺八の活躍の場は廣がつていきました。民謠・詩吟の伴奏としての尺八、大衆音樂に於る尺八と多種多樣に使はれ始めました。近代以降のもう一つの流れは新日本音樂運動です。西暦一九二〇年に宮城道雄・本居長世・吉田青風により新たな尺八樂が展開されました。更に違ふ流れとして新邦樂があり、これは西暦一九三〇年代から現れ始め、第二次大戰頃まで續いた邦樂演奏家の出身者が作曲した新樣式のことです。これらにより尺八は三曲合奏の一樂器としての役割から、尺八が主役になつた樂曲が作られるやうになりました。
 第二次大戰以降の動きとしては、西洋音樂の作曲法を學んだ日本人たちが、邦樂器を使つて作曲をしはじめました。これが現代の日本音樂と呼ばれる時代です。西暦一九六〇年代に尺八は流行し、若者たちを熱狂させました。この頃の日本の現代音樂は尺八の時代とも言はれました。代表曲は諸井誠の竹籟五章と武滿徹のノヴェンバー・ステップスです。竹籟五章は現代の本曲として樣々な尺八化がこの曲を演奏し、ノヴェンバー・ステップスは尺八と琵琶の歴史上かつてなかつた二つの樂器の組み合はせによる演奏が行はれました。この年代は尺八樂のルネサンスとよばれることもあります。以降、尺八と洋樂器、尺八と電子音樂などと共演し、外國人作曲家による作品も加へるとおびただしい曲數になります。西洋音樂教育によつて育つた日本人にとつても、尺八は最早特殊な樂器ではなくなつたのです。
 

參考文獻

ひと目でわかる日本音樂入門 田中健次(音樂之友社 平成十五年)
よくわかる日本音樂基礎講坐 福井昭史(音樂之友社  平成十八年)
日本の傳統藝能講坐 音樂 小島美子(淡交社 平成二十年)
まるごと尺八の本 葛山幻海(青弓社 平成二十六年)

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尺八楽 解説図