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民族文化研究会

わが国の伝統的な民族文化・民族生活ならびに世界の諸民族を取り巻く問題を研究

時論3 欧州右翼における「ヨーロッパ主義」――欧州右翼のヨーロッパ像とEU危機

 欧州は、解体の危機に晒されている。ヨーロッパ連合の制度疲労は明白であり、それに難民流入問題が拍車をかけ、欧州の連帯は危殆に陥りつつある。こうした危機的状況を象徴しているのが、昨年のイギリスのヨーロッパ連合からの離脱だった。このニュースは、世界を駆け巡り、欧州の危機を世界に印象付けた。今年は、フランス大統領選をめぐって、こうしたヨーロッパの危機が、再燃しそうな模様である。有力候補であるマリーヌ・ルペンが、反ヨーロッパ連合の姿勢を鮮明にしているためだ。これ以上、ヨーロッパ連合から大国が離脱する事態があれば、欧州の連帯の危機は終局的なものと化すだろう。

 そして、こうした欧州の解体の危機は、右翼の影響下で進展している、と頻繁に説明されている。さきほど言及したフランス大統領選の有力候補である、マリーヌ・ルペンが所属している、国民戦線がしばしば典型的事例として紹介される。また、イギリスのヨーロッパ連合離脱の引き金となったイギリス独立党や、ドイツで注目されつつある「ドイツのための選択肢」も、同様である。ナショナリズムに立脚する、こうした欧州右翼は、国家利益を保護するため、反ヨーロッパ連合の姿勢を鮮明にしており、こうした欧州右翼によって欧州の解体の危機が生じている、というわけだ。確かに、エマニュエル・トッドが、『問題は英国ではない、EUなのだ――21世紀の新・国家論』(文藝春秋、2016年)で指摘している通り、ヨーロッパの趨勢は「統合からネーションへ」と回帰しつつある。だが、欧州右翼の系譜を振り返ると、ヨーロッパの統合に積極的な意義を見出す、「ヨーロッパ主義」とでも形容すべき潮流も存在する。ここでは、こうした系譜に光を当て、欧州右翼における「ヨーロッパ理念」の多元性について言及したい。

 欧州の統合に積極的な意義を見出す、こうしたヨーロッパ主義の潮流としては、汎ヨーロッパ連合を提唱した、リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーが、まず想起される。だが、カレルギーの運動とは無関係に、ヨーロッパ主義の主張が、同時代の欧州右翼から提示された。こうした主張を展開したのは、フランスにおけるコラボラトゥール(対独協力者)として知られている、小説家のドリュ・ラ・ロシェルだった。ドリュ・ラ・ロシェルらコラボラトゥールの文学と行動は、福田和也『奇妙な廃墟――フランスにおける反近代主義の系譜とコラボラトゥール』(筑摩書房、2002年)に詳述されているが、ドリュ・ラ・ロシェルはアメリカとソ連が将来的に覇権を掌握し、ヨーロッパがこのままでは没落すると察知していた。そして、こうしたアメリカとソ連の脅威にヨーロッパが対抗するには、ファシズムによって統合するほかない、との主張を展開した。

 ドリュ・ラ・ロシェルナチス・ドイツへの協力は、こうした展望から導き出された帰結だった。ドリュ・ラ・ロシェルは、アメリカとソ連は、イデオロギー的に反目しているように映るが、双方とも卑俗な物質主義への信奉という点で、同一の傾向をもつと捉えた。物質主義のアメリカとソ連に、精神主義のヨーロッパが対抗しなければならない、との理解を提示した。ドリュ・ラ・ロシェルの文学は、こうした危機感を背景としていた。フランスとドイツが、ファシズムの理想の下で連携し、物質主義のアメリカとソ連に対抗しうる、精神主義の気高い統合ヨーロッパを実現する――こうした理念にしたがって、ドリュ・ラ・ロシェルの文学と行動はなされたのである。

 こうしたドリュ・ラ・ロシェルのヨーロッパ主義は、アメリカとソ連の台頭への危機感から、ヨーロッパをファシズムによって統合し対抗させる、という試みとして理解できる。そして、こうしたヨーロッパ主義を、ドリュ・ラ・ロシェルは情緒的な文学という営為によって表現した。他方で、これをリアリスティックな政治という営為によって表現したのが、カール・シュミットである。シュミットは、自身のヨーロッパ主義を、「グロスラウム」という概念で表現した。「グロスラウム」とは、後期のシュミットを代表する概念である。これは、シュミットが憲法学から国際法学に研究の軸足を移した1940年代から大々的に展開された。シュミットは、国際法秩序を理解するうえで、複数の国家から成立する広域圏(グロスラウム)において、歴史的に生成された国際法秩序を重視する必要がある、と訴えた。そして、ヨーロッパを、こうした国際法秩序を共有し、歴史的に生成してきた、「グロスラウム」として評価する。

 「グロスラウム」は、主権国家を超えたグローバルな空間だが、それは同一の秩序を共有する法共同体であることを要求され、全地球的な広がりはもたない、地域性を保った概念となる。こうした複数の国家から構成され、同一の秩序を共有する、巨大だが限定された「地域」として、「グロスラウム」は定義される。そして、こうした「グロスラウム」の典型を、シュミットはヨーロッパに発見する。そして、シュミットは、国際法秩序を理解するうえで、こうした特定の地域における秩序を重視する「グロスラウム」を基調とした解釈と、全地球規模の秩序を対象とする普遍主義的な解釈が、対抗関係にあると主張する。そして、そこには、ヨーロッパの脅威である、アメリカとソ連への、シュミットの敵意が伏在していた。歴史と伝統(シュミットのタームを用いれば、具体的秩序)をもつヨーロッパと、実験国家として成立したアメリカとソ連の対抗が、特殊と普遍の衝突として表現されているわけだ。シュミットは、「グロスラウム」であるヨーロッパが、普遍主義のアメリカやソ連の脅威に晒されている、と解釈した。この図式は、戦後のシュミットにおいても、一貫して維持されている。

 こうしたシュミットのヨーロッパ主義は、大竹弘二が『正戦と内戦――カール・シュミットの国際秩序思想』(以文社、2009年)で言及しているように、戦後の欧州右翼の思潮にも影響を及ぼした。その代表例が、フランス新右翼の思想的主柱である、アラン・ド・ブノワや、イタリア新右翼のイデオローグである、ミリオだった。アラン・ド・ブノワは、アイデンティティの依拠すべき単位は、主権国家の枠内に留まらず、最終的にはヨーロッパへと包摂される、と主張した。そして、米ソ両国に対抗する目的で、「中央ヨーロッパ」といった伝統的なヨーロッパ理念を再発見する。また、ミリオは、イタリア北部の自治拡大を求める極右政党「北部同盟」のイデオローグとなり、イタリアという主権国家から手を切った。ここで、ミリオは、イタリア北部のアイデンティティを、イタリアという主権国家の一部である点ではなく、ヨーロッパの一員である点に求めた。ヨーロッパという主権国家を超えた地域への注目や、米ソ両国への対抗という点において、こうした欧州の新右翼のヨーロッパ主義は、戦前のドリュ・ラ・ロシェルカール・シュミットの図式を継承している。

 このように、欧州右翼には、ヨーロッパの統合に積極的な意義を見出す、「ヨーロッパ主義」とでも形容すべき潮流がある。欧州右翼には、しばしば指摘される国粋主義的な側面と、こうしたヨーロッパ主義的な側面が、複雑に交錯しているわけだ。こうした欧州右翼の構図と同じく、現代の欧州も、ナショナリズムと国際的統合の狭間で、模索を続けている。こうした欧州の情勢を分析するには、ここで取り上げたような、欧州右翼のヨーロッパ像の検討が不可欠なのである。