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民族文化研究会

わが国の伝統的な民族文化・民族生活ならびに世界の諸民族を取り巻く問題を研究

投稿論文1 アジア主義から世界主義へ――摸倣子・文化圏・同一性

                              トモサカ アキノリ

 アジアという地域区分には、なんら蓋然性はない。我々は全世界における民族(Ethnic groups)の連帯を優先するべきである。そして、過去と未来の共栄圏建設は、あらゆる点でそのように読み直されなければならない。つまり共栄圏は、アジアや東洋や有色人種を解放するためではなく、植民地主義帝国主義から民族・国民を解放するために建設され、内なる敵を含めて、その敵対者と戦ったのである。しかしながら、主体としての我々は当面日本帝国内に限られており、拠点としての国民国家日本に注目せざるを得ない。そのため、旧共栄圏と同様、新共栄圏は、地政学的な戦略を含めて、その周辺の環境を重要視しなければならない。その範囲は当面のところ、戦前の「アジア主義」と同じ範囲となるだろう。

 アジアはある面では存在し、ある意味では存在していない。生産と交換の様式から見て、アジアは全く成立していない。あるのは重層的かつ非対称である複数の「文化圏」のみである。「文化圏」は微妙に排他的な側面を持ちながらも基本的には重複可能であり、そうである以上、一般的な経済競争や軍事力の衝突などとは異なり、対立があいまいである。例えば、支那文化圏では、ブラフミー文字や漢字といった文字や、漢語仏教系の語彙など音声言語の影響、スゥンドゥー(インド)教や仏教儒教といった思想体系、稲作や食文化、建築様式や服装などの摸倣子の体系が地理的に成立している。幾分かスィンドゥー文化圏でもある支那文化圏はアジア的とされる。だが支那文化圏だけでは、シベリアや東南アジアや中央アジアなどを含めたアジアという地域を説明することはできない。文化圏の定義は、文化的影響がある範囲である。したがって今日、帝国を含め世界のすべての土地は、単一の西ローマ文化圏に含められていることは言うまでもないだろう。一方その中で、日本の食文化が受け入れられている範囲を考えれば、オーヤシマ(日本)文化圏が世界に成立しているともみなしうる。

 もともと地理的なアジアは他称である。アジアはおそらくなまったイングランド(英)語である。イングランド語の前提としてラテン(ローマ)語であり、さらにヘラス(ギリシャ)語、カナアン(フェニキア)語を経てスーリャ(アッシリア)語のアス(「東」)に起源する。技術革新と大航海時代を迎えた東西ローマ文化圏にとっての東方の大陸という地域規定を、当地人が受け入れて自称し始めたに過ぎず、妥当性などない。

 その延長線上に、そもそもアジアのみならず、南北アメリカ、オケアニア、アフリカなどの西ローマ的な地理認識や、西ローマ人による「発見」がされた土地の名前がまかり通ること自体、あくまで西ローマ的な植民地主義に基づく思想的桎梏であると考えなければならない。当然エウロペでさえ地域の蓋然性も存在しない。カエサルがガリアを征服することなしに、カールが西ローマの帝位につくことなしにエウロペ(ヨーロッパ)がありえただろうか。エウロペは、ローマ帝国というあくまで特殊な存在が、その近隣の陸地からケルト系やテウトニ系やスラヴ系の文化圏を駆逐して、結果制圧した地域をそう呼んだに過ぎない。

 ではそもそも地域の同一性にとっては、何が妥当なのか。これにはいくつかの解がありうる。そもそもそんなものがありえないとする解は、客観的な事実体系から、最もわかりやすい。次に、自然に何らかの条件(陸地と海、山脈、河川、砂漠といった自然の境界など)で分割することを考えることは妥当である。次に成り行き、つまり歴史である。偶然と必然の堆積としての歴史は、しばしば妥当性の根拠とされる。例えばある土地が、以前は特定の集団の持ち物であったという歴史を認識させることは、現代の侵略者に対してその不当性を訴える根拠とされうる。だが、北アジア北アフリカアラビア半島以外の中東、アメリカ大陸とオーストラリアなどの諸地域を見る限り、その原則は全く履行されていない。次に法律・文化的正当性である。しかしそれらは、それ自体としては存在せず、物質的な現実に有らしめるための暴力(例えば軍事力や経済力、求心力など)を伴わなければ存在できない。現在のチベット亡命政府は好例である。三者を統合すると、地域的な同一性は客観的には存在していないが、暴力に裏打ちされた法律や文化的正当性が、暴力を持ちえなかったそれを蹂躙している状況と説明できる。

 以上の思索から、既存の地域の同一性には、基本的に蓋然性がないという結果が得られた。

 そこで、地域の同一性を存在させるために以下の通り提案する。まず、文化圏の間に、摸倣子の量や質により強弱の差を認める。次に、言語や神話や服装、食文化といった比較的強固な摸倣子やその体系に同一性を持つ集団を想定する。それを民族(Ethnic groups)と定義する。次に、文化や文化圏を、民族を基準に体系化する。次に、世界の土地において、固有かつそれ以前に遡及できないと理解しうる民族の先住権及び正統性を想定する。次に、その正統性を継承する集団が現実に存在したとき、何らかの事情で永続できないとみなしうる集団を除き、等しく力強い条件の暴力を与え、実際の土地に配置する。民族の定義上、最初は文化と同一性を配置すれば事足りる。以上である。