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民族文化研究会

わが国の伝統的な民族文化・民族生活ならびに世界の諸民族を取り巻く問題を研究

時論1 アジア主義の陥穽を探る――世界南モンゴル会議結成大会に臨席して

  先日は、参議院議員会館で挙行された世界南モンゴル会議結成大会に臨席した。ゴビ砂漠以北のモンゴル民族は独立を果たしたが、ゴビ砂漠以南のモンゴル民族は中国共産党の圧政下にある。今回は、こうした圧政に抵抗するため、南モンゴルの諸団体が糾合し、世界南モンゴル会議が結成されたのだ。この集会は、日本の保守派の後援もあって開催されたようで、大会の冒頭では複数の自民党議員のスピーチが行われ、水島総氏や三浦小太郎氏といった言論人の顔触れも見える。また、登壇した世界南モンゴル会議の役員も、戦前における日本のモンゴル独立運動への支援について言及する機会があった。ここで、アジア諸民族の解放を企図したアジア主義の文脈が、時空を越えてこの会場において息づいていることに気付いたわけである。そこで、私はこの結成大会の模様を注視しつつも、現代におけるアジア主義のあり方に思いを巡らせることになった。この結成大会を契機として、いかに日本はアジアとの関係を築くべきか、という問題設定が脳裏に浮かんできたわけである。それでは、ここから、アジア主義について管見を開陳したい。

 過去のアジア主義において、陥穽となったのが「アジア」なる単位はあるのか、という根源的な問題だった。日本が「アジア」という単位の一部であり、だからこそ「アジア」の窮状に日本は立ち上がらなければならない、という論理がアジア主義の前提である。この「アジア」なる単位はあるのか、という根源的な問題に焦点が当たったのが、原理日本社と津田左右吉の論争においてだった。中国とインドの精神的伝統を受け継ぎ、その卓越した実現を成し遂げた日本こそ、アジアの一体性を象徴しており、アジアの解放に従事しなければならないと説く蓑田胸喜や松田福松に対し、津田左右吉は『支那思想と日本』(岩波書店、1938年)において、中国とインドと日本はそれぞれ固有の文化を構築してきたのであり、共通した「アジア」文化なるものは空想にほかならず、現代日本はむしろ西欧近代化を遂げたため「ヨーロッパ」文化の陣営に位置していると主張していた。蓑田や松田は、津田を原理日本誌上において批判し、論争に展開したわけである。ここでは、アジア主義の立場において前提にされていた「アジア」という単位の自明性が、津田左右吉によって批判されたのだ。

 そして、こうした「アジア」という単位の自明性を批判し、現代日本をむしろ西欧の陣営に位置付ける試みは、梅棹忠夫『文明の生態史観』(中央公論社、1967年)における日本と西欧の並行的進化という着想において徹底される。梅棹は、アジアとヨーロッパという世界文化圏の二大区分を批判し、巨大なユーラシア大陸を中間地帯として、日本とヨーロッパが並行した歴史的展開を辿り、類似した文化を構築したと主張した。ユーラシア大陸における乾燥地帯では、古代文明が数多く勃興する。だが、これらの古代文明遊牧民族の脅威によって、瓦解と再建を繰り返すこととなった。対して、これらの古代文明の周辺地域だった日本とヨーロッパは、こうした脅威とは無縁であったため、文化・技術・資本の蓄積に成功し、類似した近代文明を構築することになった。こうした歴史理論によって、梅棹は「アジア」の自明性を完全に否定し、日本と西欧を類似した文化圏であると結論付けた。

 そして、こうした梅棹における日本と西欧の並行的進化という着想を受けて、福田和也は日本がアジアにおいて必然的に孤立せざるをえないと述べている。福田は、『遥かなる日本ルネサンス』(文藝春秋、1991年)において、梅棹における日本と西欧の並行的進化という着想を援用しつつ、アジアにおいて唯一日本だけが主体的に近代を経験したとし、いまだに前近代の状況にある、あるいは植民地化というかたちで近代化を果たしたアジア諸国のなかで、こうした特異な歴史的経験をもつ日本は孤立せざるをえないと説いた。ここから、福田は外交上の指針として、日本にモンロー主義的な孤立主義外交を提案する。ここで、「アジア」という単位の自明性への批判は、アジア主義的な介入主義外交そのものへの批判へと発展するのだ。

 私が臨席する機会があった世界南モンゴル会議をはじめとする南モンゴル解放運動にせよ、チベット解放運動ウイグル解放運動にせよ、アジアの民族独立運動には、アジア主義の系譜を意識した多くの人々が助力している。こうした支援活動には大いに敬服の念を抱いているが、こうした支援活動に携わっている人々には、アジア主義の前提である「アジア」という単位の自明性について問うて頂きたい。これこそ、アジア主義の陥穽なのであり、今も生き続けている課題なのである。これを避けて、アジア主義を検討することはままならず、アジア諸民族の解放運動という実践的活動に従事することもできないだろう。なぜなら、現代のアジア諸民族の解放運動も、アジア主義の系譜の影響をはじめとして、自由や民主主義あるいは法の支配といった普遍的な理念よりも、「アジア」という単位の自明性に依拠しているからである。